激動の1800日 その5

2010 年 1 月 6 日

新年明けましておめでとう御座います。
本年も宜しくお願いいたします。
さてブログの続きですが、常連のお客様が少しずつ増えて経営も安定して来ました。
日々の業務の中で、クレームが非常に多かったような記憶があります。
例えば、うどんの中に髪の毛が入っていたり、うどんの量が少なかったり、だしの味が薄かったり、濃かったり、レジの打ち間違いなど、店の中にはきちんとしたマニュアルが無く、一つずつ解決していくしか方法はありませんでした。
そこで、うどん場での帽子の着用、作業ズボン交換、冷蔵庫の温度管理、レジ操作の方法の再度徹底と教育、今でこそクレームはほとんど無くなりました。
売り上げのことばかり考えていた為、従業員の教育がまったくと言っていいほどなされていませんでした。
私の責任でもあり、非常に反省した時期でもありました。
そんな時期に励みになったのが、以前勤めていた会社の先輩でもあるO氏でありました。
その方は、今では40人もの人に恵まれ大成功を収めている方でもあり尊敬する人物でもあります。
いろいろなアドバイスをいただき精神的にも非常に楽になり感謝しております。

激動の1800日 その4

2009 年 11 月 11 日

それからしばらくの間、麺の味が悪いのかだしの味が悪いのか、思考錯誤の連続でした。繁盛店へ出向いては、自分の店との比較をし少しずつですが、自店の悪いところを直して行きました。そしてついにテレビ出演の話が舞い込んできて当店自慢のしっぽくうどんが紹介されまただくまに店には沢山のお客様が来ていただけるように成りました。常連のお客様も少しずつ増え始め店も安定してきました。

激動の1800日 その3

2009 年 9 月 12 日

それからの3ヶ月間ぐらいは日々右肩上がりで売り上げも伸び、うどん屋なんて
こんなにも簡単に出来るのかと自分自身なめてかかっていたのかもしれません。
その後少ししてから売り上が右肩下がりに急展開飲食店の家賃はだいたい3日間
の売り上げで補いますが、ほどとうい数字まで落ち込んでしまいました。
それからしばらくこの状況が続きのちほどわかったのが約1ヶ月間ぐらいは花輪
効果というものがあるらしくその効果のおかげで売り上げも良かったときもあった
のです。
自分自身何も勉強もしない努力もしない研究もしない、しないずくしですからこの
ような結果になっても仕方ありません。

激動の1800日その2

2009 年 6 月 8 日

長い間ブログの更新が出来ず、また今日から更新します。

そしてオープンにむけて準備をしていきましたが一番苦労したのがスタッフの確保

だしの味を決めるのにいろいろと思考錯誤しました。

オープン前日の朝方になってだしの味が決まり、他の準備もほとんど完璧に近い状態までに仕上げたのですが、天婦羅の担当する者が怪我をしてきゅうきょ病院へ行かなければならない事態が発生したのです。怪我事態は大事に至らず、店をオープンまでこぎつけました。外には、花輪も並びいよいよ10時オープンになり、11時までの1時間はまったくお客さんが来られず心配でありましたが、11時からは記憶が飛んでしまい気が付いたら私が昼の食事をしていたのは夕方の5時だったのをなんとなく覚えています。

激動の1800日

2009 年 4 月 21 日

私がうどん屋を始めようと思ったのはちようど今から15年も前の話になります。

当時私は大手運送会社に勤めており自分の担当コースのうどん屋でほとんど毎日昼食をとっておりそこでうどんの魅力に惹かれ自分でどうしても商売をしてみたい強い信念をもっておりました。

又私の父親が幼少の頃から家で手打ちのどじょううどんまがいのものをよく作って食べさせてくれていました。その味が今でも忘れられませんこのような事が今の私の基盤になったのかもしれません。

そして何年かの月日が流れ35歳になった頃今の店舗の情報を知り合いの不動産から紹介を頂き自分の城を築いたわけです。

この店を立ち上げる時に私の他に同じ職場だった先輩のK氏と後輩のO君と3人で力を合わせ頑張ってやっていくはずだったのでしたが・・・